クニックとは 2

 

高校までの奏法は、楽譜に載っている音を間違えずにリズムを正しく弾く、強弱を楽譜通りに付けるという正しい弾き方?をしていました。確かに書いてある音符を正しく読んで正しい指使いで弾くという事は大切なことです。しかしそれはピアノを演奏するという事のほんの初歩的段階に過ぎません。その事を知ったのはなんと4歳でピアノを始めてから14年も経った大学生になってからでした。

 

それまでのレッスンでは、新しい曲を正しく譜読みして、それを正しく弾くために何度も弾き、暗譜して弾く。著名なピアニストの演奏をレコードなどで聴き、歌ったり柔らかく弾いたりと音楽性も入れて弾いていました。また音中・音高でもソルフェージュやリトミック、合唱などで嫌でも新しい譜面を見なければならない環境にいましたので、その中で多感な思春期を迎え、エネルギーも余りある中で、音楽へ対する情熱は膨らんでおり、自分の持ってる限りのエネルギーをぶつけてピアノを弾いておりました。その中で最大限に弾ければそれで仕上がったという事になった訳です。

 

しかしそれだけでは本物の演奏=巨匠の演奏には完全に何か足りない気がして、音大へ通いながら大学以外の先生のレッスンを受けに毎週通うようになりました。そこでショパンのエチュードやバラード、スケルツォからバッハ、ベートーヴェンまで練習する中で、脱力という事、自分の音を聴くという事、手首の役割、音のバランスについて、又は曲の構造の正しい理解と表現についてそれまで何も考えて来なかった、全くの無知だったという事を知ったわけです。

 

例えば脱力に関して言えば、腕だけではなく、手や指、手首に異常な力が入っていて、ショパンのエチュードを弾く上で、完全に力を抜かなければ到底正確なテクニックというものを得られるわけはないという事を知り、コルトー(フランスを代表するピアノ界の巨匠 1877-1962)の奏法を実践しました。お恥ずかしい話それまでどう母に注意されても直せなかったお箸がバッテンになる癖がようやく直ったのも、指の力の抜けたせいでしょう。

 

また音を聴くという事は、ピアノを弾きながら漠然と耳に入ってくる音の事ではなく、自分が今出した音を本当に聴くという事だという事を教わりました。

 

よく中学生や高校生の演奏でも、あるピアニストの演奏をお手本に聴いて、曲の解釈は皆無で自分のいいなと思うところだけを真似してしまっていて、全く別物になっていることがあります。耳だけで聴いて上っ面で弾いてしまっているのでしょう。

 

そんな無数のレベルの演奏がカオスのようにこの世の中には溢れています。

一人でも多くの方が正確な演奏を理解されることを願っております。

(2019/7/1)

 

 

 

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