人間は皆耳を持っているのだが、音楽を聴く耳となると種種様々である。その聴く人によって色々なレベルがある。大まかに言えば、音楽愛好家でもクラシックが好きな人、ジャズやタンゴ、民謡や演歌しか聴かない人、オールマイティに何でも聴く人など、その人の趣味によって全く違う。

ここではクラシックを聴く耳についてお話しする。クラシック愛好家は、大抵海外の一流の音楽を聴いているので、すごく上手い演奏とそうでない演奏を聞き分ける事ができる。それは、巨匠の絵画や国宝級の美術品を見て目を養うのと同じである。しかし、一流の演奏とそうでない演奏の間には、何十、いや何百ものレベルがあって、クラシック愛好家と言えども、そのレベルを的確に聞き分けるというのは、至難の業だと思う。もうあとはその人の好みーつまり主観ーによって、その演奏の善し悪しを決めるしかないのである。私自身の耳はと言えば、幼い頃やはり巨匠と言われる演奏家の演奏を聴きすごく上手い演奏と全くそうでない演奏を聞き分けられるくらいだったが、一方でピアノを練習し少しずつ技術が進歩するに従って耳も成長して来た。例えばショパンのエチュードの手首の使い方や、呼吸の取り方がマスターできたとすると、それまで巨匠の弾くショパンのエチュードが漠然と聞こえていたものが、巨匠自身がその技術が的確にできている事を聞き分けられるようになるといった具合である。そうすると今度は他の人がその技術ができているかいないかが、自然に判るようになるのだ。

そんな耳がどうして必要なのか?

今日本では、海外の一流の演奏家と日本の演奏家が同等のように扱われているが、海外の演奏家と日本の大部分の演奏家では技術的にかなりの差がある。そこを聞き分けられる耳を是非一人一人が持っていただきたい。西洋人と日本人の技術の差・・・これについては、またの機会にお話ししたいと思う。

一番良いのはやはり一流の演奏技術を学ぶ事かもしれない・・・。

                                      (2007/6/23) 

 

 

 

 

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