リサイタルに寄せて
ラフマニノフの前奏曲とエレジーは5曲からなる『幻想小品集』として作曲されたもので、単独で演奏されることの多い2曲でもある。前奏曲はグレムリン宮殿の鐘の音を模して作曲されたと言われ、俗に『鐘』と呼ばれるようになった。当時大変流行ったらしい。19歳の青年が書いたとは思えないロシア的な壮大さと哀愁を帯びた曲である。
ベートーヴェンのソナタ『月光』と『テンペスト』という題名はベートーヴェン自身によるものではない。諸説色々あるが、いずれにしてもタイトルを付けられるくらい名曲なのだという事だと思う。私にとってもベートーヴェンは大変思い出深い。小学生のころ『悲愴・月光・熱情』という3大ソナタのLPを巨匠ケンプの演奏で聴き、血が燃え滾るような興奮を覚えた。それ以来ベートーヴェンは私の最も好きな作曲家になった。まだ技術は無かったが、解釈だけは間違えていないと言われたりした。
『テンペスト』はドイツ留学を控え大学院入試のために用意した曲目の1つだった。ケンプの弟子でもある室井摩耶子先生にレッスンしていただけたのは、本当に何というご縁であったことか・・・。しかしながら音の出し方から指の動かし方まですべてゼロにするレッスンで、冒頭の3,4小節だけで1時間のレッスンが終わってしまうこともざらだった。良く『どうしてここでクレシェンドと書いてあるのかしら?どうしてここでアクセントが付いているのかしら?』と質問されたが、なかなかうまく答えられなかった。ただ楽譜に書いてあるからフォルテで弾く、クレシェンドを付けるという事をひたすら疑わずやってきたそれまでの弾き方とは全く異なるものであった。深く探れば探るほど、ソナタはまるで長編小説やお芝居のような物語があるという事を知った。そのような曲を書けた作曲家たちは、正に神の啓示を受けたとしか言いようがない。
その後ドイツでマクスザイン先生から『作曲家を尊敬はしても畏怖の念は抱くな!自分自身の音楽を奏でなさい!』と言われた。東洋と西洋の奏法の違いをあっちにぶつかりこっちにぶつかり、偉大な作曲家の作品に押しつぶされそうになりながら歳月が流れた。しかし最近思う事は、その奥深く難解な曲を私達演奏家は難しく弾くのではなく、できるだけわかりやすく単純に演奏するという作業をひたすらやっているのだという事。そしてできるだけ自然な動きに近づくために色々なテクニックを日々練習しているのだという事である。
(2016/6/5)