室井先生のレッスン

 

室井摩耶子先生のお宅へ伺ったのは1990年秋の事だった。ドイツへ留学したいと考えていたところ丁度音楽雑誌の編集の仕事をしていた友人が『先日室井先生のお宅へ取材に行った』というのを聴き以前からベートーヴェン弾きとして有名な先生に是非レッスンをお願いしたいとその友人を通じて紹介していただいた。先生にお会いする前に丁度書店で見つけたご著書『ピアニストへの道』を読んだ。その中で、5年間の留学体験や西洋人と東洋人の弾き方の違い、音の大きさではなく響きの問題について触れた記述があった。いったいどういうことなのだろうと少なからず興味を覚えた。ショパンのエチュードを一応マスターしているのだから、指の基礎はできているとは思っていたが、まだ何かが足りないと感じていた頃であった。最初のレッスンでベートーヴェンのピアノソナタ“テンペスト”とバッハの半音階的幻想曲とフーガを緊張しながら弾いたのであるが、それに対し室井先生は『そういう風にお弾きになるの!まず音の出し方ABCからみっちりやらなければね!毎週いらっしゃい!』・・・というわけで帰り道私は頭をガーンと殴られたような・・・また一からやり直しなんていったいいつになったら基礎ができあがるのだろう・・・と体が重くなっていた・・・

それからのレッスンはと言えば、ベートーヴェンの一音一音についての解釈の仕方や音の出し方のABCを、それまでの技術や個性を一度真っ新にしてみっちりそしてそれはそれは厳しくご指導いただいた。ピアノの技術というものは単に指を動かすだけでなく頭も使わなければならない・・・しかし肉体がそれにともなわなければならず、頭でわかってから実際に指を動かせるようになるまでに時間が掛かる。3ヶ月経った頃、ようやく留学のためのデモテープを作る事ができた。また留学のために必要な紹介状を日本語とドイツ語で室井先生に書いていただくことができ、その中で『長足の進歩』というお褒めの言葉をいただいた。その後留学までの数ヶ月の間、引き続きレッスンをしていただき、ドイツでの入学試験に備える事ができた。留学直前、最後のレッスンの時に室井先生は『これで何とか試験を受けられるでしょう。但し音が響くまでは5年は掛かるでしょうね。ドイツの先生には最初のうち2,3回はその事を言われるでしょうけど、わからないと思ったらそのうち言われなくなるからね。しっかりおやりなさい!』と仰った。

室井先生のレッスンで、フレーズの歌い方や拍の取り方などの西洋と東洋の違いを学ぶ事ができた。ここまで親身になって温かくご指導いただけたという事は本物のピアノの技術を学ぶ上で本当に幸運だったと思っている。

                                                                   (2007/7/9)

 

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